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2004.04.20

『よあけ』 

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    ISBN4-8340-0548-8
    ユリー・シュルヴィッツ作・画
    瀬田貞二訳
    福音館書店

 これほど心落ち着く絵本があるだろうか。物語は最小の言葉で語られ、絵がしみじみと心にしみ入ってくる。主役の絵ですら、心憎いほど簡素なのだ。白いページの真ん中にぽつんと描かれた楕円形の絵。その絵はページをめくるとさらに拡大し、絵の輪郭が浮かび上がってくる。まるで望遠鏡を覗いたように絵がズームーとなって現れる。そう、白い余白は楕円形以外の世界を排除して、私たちを望遠鏡の世界に引き入れる。さらにフォーカスが移動して、新しい物語の始りとなる。まるで映画の手法そのままに、絵の連鎖だけでおのずとそこに物語が出来上がる。まったく同じ構図の絵に描かれたわずかな色調の変化。その微妙な変化に、うっすらと射し始めた日の光を感じ、時間の推移を読み取るのだ。それはあの印象派の画家達が、同じキャンバスの上に時間の推移を点描で捉えようとしたのとよく似ている。彼らたちが浮世絵に影響されたごとく、ユリー・シュルヴィッツは、唐の詩人柳宗元の詩に影響を受けた。東洋の赴きを秘めて、いままさに夜が明けんとす。

2004.04.08

『贅沢の探求』 ピーター・メイル著 小梨直訳

 庶民ではとうてい手の届かない世界の一流品を取材しながら贅沢というものを探求した本。原題は『Expensive habits』であるが、この本が『Extravagant Habits』になってないところはさすが作者の力量だ。

 贅沢に関してとかく日本人は否定的な感情を持つ傾向にある。安いものがあればそちらで十分だというわけだ。だが、その贅沢を手に入れて、その人の人生が豊かになり、生きがいが生まれるなら、それはお金には替えられない贅沢になるかもしれない。面白いことにこの本では、超一流の贅沢を紹介しながら、その贅沢にあずかる不自由さや余計な心配事なども紹介している。それでも人間はその贅沢に固執する。贅沢をするということには、それにつきまとう不自由さをも跳ね返す何らかの魅力があるからだろう。

 アンティークの超一級品の銀器を所有している大富豪は、もちろん銀器に保険を掛けているのだが、その保険のために、食事がすめば即その銀器を金庫にしまわなければならないとか。そういう不自由さに耐えられてこそ超一流の贅沢を味わえるというものだ。
 世界最高の靴屋で、目の玉が飛び出るようなお金を払ってオーダーメードの靴しか履かない人のことを庶民は笑うことはできない。何しろその靴の履き心地は履いた本人だけにしかわからないのだから……。
 また、それを作る職人のプライドと職人芸は、その靴を履いて贅沢を満喫する人以上に、贅沢なものなのかもしれない。一流の贅沢品を提供できるという、これまたこの上ない贅沢を有しているのだから。

 世界の贅沢品を取材しながら作者が感じたことは、最も活き活きとした人生を送っているのは、その贅沢品を作っている芸術家や職人や料理人だったという。人生の贅沢とは何ぞや? それを考えさせられた一冊だった。

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