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2007.01.08

何でも揃うベン・タ(イ)ン市場

P10201891_4 日本のツアーに参加すると必ず立ち寄るのがこのマーケット。買い物好きの日本人にはそれほど日本人には欠かせない場所だとか。ベン・タンマーケットは1914年、フランス人によって建てられました。市場の広さは約1万平方メートル。そこにあらゆるお店がひしめいています。P10204181_6 入り口は東西南北にあり、中の大小の通路もそれぞれ同じように東西南北に走っています。細い路地はやっと人が一人通り抜けられる広さ。その狭い路地では若い女の子が黙々と手作業をしていました。少しでも興味ありそうに眺めていると「お母さん、安いよ!」の声がかかり、もう腕を引っ張られています。P10204241_8 私が「お母さんじゃない!」と言うと「あっ、おじいさん!」なんて言われました。もう絶対にここでは買ってやらないから! 主人には「お父さん、お父さん」という声がかかり、主人が「お父さんじゃない」と言うと「パパ」ですって。「パパじゃない!」と言うと「お兄さん」になりました。スペイン人にはスペイン語で呼びかけていましたから、売り子さんの会話はたいしたものです! ここでは言い値で買ってはいけません。P10201161_4 日本人は駆け引きをしながら安く買ったつもりでも、アラブ商人、架橋などの手腕のある商売人には絶対かないっこありません。こういうところで買い物をするときは、ある種のゲーム、ギャンブルと割り切って楽しみながらやるのがいいのかもしれません。 P10204031_9 さしたる楽しみもなかった昔の人は、交渉しながら少しでも安く買い物をするのが一種の気分転換、娯楽の一つだったのかもしれません。とにかく、生鮮食料品はもとより何でも揃うのがベン・タインマーケット。日本のスルメもありました。

P10201081_5 こんなに豊富な物資を見ていると、この国が社会主義国だということを忘れてしまいます。でも物資が豊富に出回るようになったのはここ数年のこと。やはりドイ・モイ政策のおかげのようです。ドイ・モイ政策とは1986年からはじめられた開放政策のことです。「ドイ」はかえる「モイ」は新しくするという意味だそうです。 

P10201341_3 ドイ・モイ政策にいたるまでのベトナムは本当に大変でした。ベトナム戦争後に大量の難民が出たばかりか、集団農営で生産を増やそうとしたことがかえって農民の反感を買ったり、相次ぐ干ばつや水害に見舞われたりしました。1981年のカンボジア侵略やその後中越戦争では国際的にもまったく孤立してしまいました。1981年にはソ連からの援助も打ち切られ危機に陥りました。P10204071_4 ドイ・モイは政治、経済、社会すべてにわたる政策ですが、ドイ・モイ憲法を成立させた後、市場経済や独立採算制の導入、海外資金や技術の流入の成果が出始めて1990年ごろからベトナム経済に活気が出始めました。

P10204301_9 このような危機的状況を打破しようとして始められたのが、ドイ・モイのさきがけとなる新経済政策です。個人経営や請負農耕をきょかしたのですが、すぐによい結果に結びつかなかったようです。都市部のインフレを招いたり、非合法の商売が横行したり、政府もあの手この手で取締りを強化することになったのですが、それがまた経済の停滞悪循環に陥りました。

P10204051_5 1994年にアメリカがベトナムに対する経済封鎖を解除したこともあって、西欧諸国の援助にも弾みがついてベトナムは今、ベン・タンマーケットの中だけではなくkに全体が活気付いています。

P10201281_6

←マーケットの中には食堂もあります。

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コメント

画面から見る限り物資の豊富さには驚きです。カラフルな色彩の中にベトナムの人たちのしたたかな生活力を見る思いがしました。しかし、瑠璃さんの卓越した知識には敬服の至りです。それに比べると私などは本当の青二才でしかありません。まだまだ勉強が足りませんねー。
毎回楽しい現地の状況を写真で見ながら感心することしきりのこの頃です。少しばかり写真をかじった知識では恥じ入るばかりです。

♪イソップさん
とんでもありません。調べればこれくらいの文章は誰にでも書けますが、知識と経験とセンスがないとイソップさんのような美しい画像は撮れません。今は背景の説明のために書いてますが、日本に帰ったら一日も早く簡潔な文章と画像で勝負できるようになりたいです。文章が長いと画像はどうしても従属的な感じになりますね。旅行の場合は仕方ありませんけど。

本当に瑠璃さんの文才は「さすが」と思わせるものがありますよ。同じ文系学部卒としては嬉しいやら、恥ずかしいやらです。
パソコンの仕事をはじめて以来、文学系作品を読むことがめっきり減ったからなぁ・・・反省しております。
ところでベトナムのことは何も知りませんでした。映画でディア・ハンターや「地獄の黙示録」を見たくらい。
一体何年前のこと?と言われそうですね。
恥ずかしながら高校生のとき一時共産思想を勉強したことがあります(レポート提出のため)。
主にパリ・コミューンを取り上げたのですが、短命に終ってしまったあの革命?のレポートの最後で確か「共産主義下での繁栄は、思想的になかなか難しいかもしれない」などと結んだことを思い出しています。
現在のベトナムではそれが結実しているように思います。

♪きょんちさん
きょんちさんこそ調べ物はお得意だし、読者に対するサービス精神がおありだし、画像だけでも勝負できるのに頻繁に記事をお書きになってすごいなと思ってます。写真をやる前は文章を書くのはそれほど嫌ではなかったのですが、写真をやり出したら黙って訴える写真の魅力にはまりましたね。まだ上手に写真は撮れないのですが、いつかそんな写真を撮りたいですね。
高校生のときにもう共産思想の勉強をされていたのですか? すごいですね!

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