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2007.01.16

忍耐と知恵の勝利 クチトンネル(2)

P102062711  秘密の防空壕の近くには爆弾で大きく陥没した土地がそのまま残されていました。2m近くも陥没するんですね! ↑地雷を踏んで動けなくなったアメリカの戦車も展示されていました。

P10206731 クチの住人がトンネル内で使用した道具の大半はアメリカ軍やアメリカ兵から盗んだ物です。医療器具など様々な道具が作られ簡単な手術などもトンネル内で行っていました。サンダルは古タイヤを利用しています。作っているところが実演され、大小様々なサンダルがぶら下がっていました。現在では外国人用の大きなサンダルも作っており、旅行客には人気のみやげ物だそうです。P10206221 当時のベトコンの服装は人形によって知ることができます。迷彩服ではなく迷彩模様の風呂敷をマント風に着ていました。これのほうがはるかに用途が広く、風呂敷文化の私たちには容易にその便利さが理解できます。兵士のためにハンモックのある休憩所も用意されていました。P10206431 次に武器製造所を見学しました。もちろん地下にあるのですが、現在では手榴弾や爆弾を作る様子が人形で示されています。 

P10206091 クチの住人は巧みに落とし穴を作ってアメリカ兵を悩ませました。いたって原始的なやり方なのですが、仕掛けの巧妙さに驚かされます。動物を捕獲する昔ながらのやり方なのですが、その仕掛けはテクノロジー一辺倒のアメリカ人の度肝を抜きました。落とし穴も大小様々で、釘も下から出るものばかりではありません。穴の両横から同時に釘が飛び出すものなどその知恵には舌を巻きます。小さな穴ですが、両横から足に釘が刺さると、足を引き上げるのは困難です。余計に傷が広がることになるのですから。

P10206891 さていよいよ名高い地下トンネルです。クチトンネルの複雑さと規模はベトナムでも他に類を見ませんが、その距離は200キロにも及ぶそうです。といっても初めから網の目状に計画されたものではなく、ベトナム戦争が長引くに従ってその複雑さを増して行きました。

P102062511_1 トンネルの深さは三層に分かれていて、上から地下2m,6m、10mの深さに掘られています。しかもトンネルにはちゃんと空気穴があるのです。写真の木の根にある穴は巣穴ではありません。換気のための穴なのです。

P102068311 トンネルは観光客用に実際より広くしてあるそうですが、日本人はしゃがんで歩けるものの、体格のいい欧米人には無理です。私たちの前にいたドイツ人のカップルは二人とも腹ばいになって進んでいきました。しゃがむのと腹ばいでは大きく違います。腹ばいの場合は方向転換が容易にできません。迷路のようになった網の目をあちこち行き来するには腹ばいはとても不利なのです。↓の写真は感度を上げて撮っていますが、実際は真っ暗で手探りで進まなければなりません。

P10206871_1  足元にところどころ明かりがありますが、前に人がいるとその明かりも体で塞がれてしまいまい、先が見えないストレスと恐怖感は相当なものです。湿度が高く汗ぐっしょりで換気の悪さに数分も行くと嫌になります。トルコのカッパドキアの地下都市とエジプトのピラミッド内の狭い通路を経験しましたが、クチのトンネルほど歩くのに大変なところはありませんでした。戦闘の激しいときは数日間地下に隠れていなければならず、その忍耐力には敬服します。トンネルの中は蚊やサソリも多かったとか。マラリアも発生しましたが人々は忍耐力と昔ながらの知恵で乗り切ったそうです。

ですからアメリカのジレンマは相当なものだったに違いありません。トンネルの入り口を見つけることはあっても物理的に中に入って調べることさえ不可能だったのです。何よりもトンネル内の生活はアメリカ人にとって思いもよらないものでした。クチトンネル(1)もどうぞ。

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コメント

いやーこんな風にベトナム戦争時代のトンネル跡を観光できる日が来るなんて!本当に嬉しいことです。
この前「硫黄島からの手紙」を観にいったのですが、最新のテクノロジーにゲリラ戦法で対抗する、このやりかたはまったく同じですネ。島中にトンネルを掘りまくったやり方も・・・・
腹ばいで進むことの大変さ・・・・私は入水鍾乳洞で体験しましたが、本当に向きを変えることは出来ませんよね。前回の穴から腕の力だけで脱出するのも大変ですね。
私は絶対に女ゲリラとしては働けそうにありません!(あと30歳若かったとしても)

♪きょんちさん
「硫黄島からの手紙」ご覧になったのですね。今の日本人じゃとても無理でしょうけどね。昔の人は偉かったです。トンネルは数分もいたら嫌になりましたよ。

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